耐えられない存在の軽さ

日々の労働を認められて、一歩前に進めそうな時だとか、思い返せば結婚する時も、暗い自分の過去が押し寄せてくる

 

両親に愛されなかったという事実

私の人生の殆どを鬱状態で過ごしていたという事実

受けた教育、受けられなかった教育について

 

何もかもが私にとっては後悔でしかなく、いや、後悔といっても、過去に戻ったって正解の道は無くて

 

ああ愛されていたらどんな風に生きられただろう

元気でいられたらどんなに楽しかったろう

そこで得られる経験は、糧になったろう

そんなことがずっと私から離れない

 

私は今周りにも認めて貰えて、欲しかった普通を手に入れることが出来ている

出来ている、はずなのだ

 

なのにその事実を喜んで受け入れられていない

私はやはりドン底を生きた人間であって、根はゴミなのだと思っている

ゴミがうまく着飾っている、そんな感じだ

 

私のこの空虚に共感してくれる人もなし、そもそも意味が分からないという

私はゴミだと言えば返ってくる言葉は否定だ

それを喜ぶべきなのだろう

「私はゴミではない」と私自身の認識を改めるのが正しいのだろう

だけど、今、私の気持ちに共感してくれる優しさはどこ?

私はそれを求めてはいけないのだろうか

 

自分の過去を哀れみ泣くことはただ哀れなことなのだろうか

その哀れな過去が積み重なって今があるのだからそれは哀れではないのだろうか

マイナスかけるマイナスはプラスになれど、マイナスぷらすマイナスはいつまで経ってもマイナスだろう?

 

一歩進むことがこんなに辛いことを誰も理解していない

私の重たい人生まるっと覆い被さってくるもんだ

人生は重たいが私の価値なんか軽いもんだ

こんなに辛い一歩を進めど人生はさほど開きもせず

隣の芝生

いとこの家の匂いが好きだった

清潔な洗濯物の匂いのような感じがして、そこには穏やかな生活があった

我が家は機能不全家族だった

自分の家の匂いが嫌いだった

父親の体臭だろうかと思っていたが家族から出るストレス臭だったのではないかと今になって思う

 

いとこの家は仲が良く、いたって普通の幸せを生きていた

羨ましくていつも私は自分の家との違いで、惨めさで、辛かった

 

 

時は経ち、私は大人になった

いとこの親(叔母)と過去の話をして、私を頼っていいんだよと言われた

何も知らなかった訳じゃないじゃない、私の家族の不仲さも、私の不登校も、知っていたじゃない

あなたは何もしてくれなかったじゃない

そんな気持ちになってしまった

現在を心配してくれている気持ちが嬉しかった筈なのに

 

未成年は無力だ

思考は親から教育され、反発しても反抗期だと子供本人の性格の悪さのせいにされ、私は正解がいまだに分からない

 

私は大人になっても子供時代の不遇さとの折り合いが付かない

だって牛乳大人になんてなれないでしょう?

子供の延長があり大人になるのだよ

私は誰のせいだとしてもそれを憂いても失敗作だという事実はもう覆せない

 

そりゃ死にたくもなりますよ

 

ここまで良く生きたね、とも思う

今が1番幸せだ、とも思う

だけど子供時代も正しいものだったらきっともっと幸せだったのだよ

 

パチンコもタバコも薬もなくたって立派に生きられたような、そんな人生だってあったはずなんだよ

 

失敗作だ

長くは生きたくない

好きにわがままして早く寿命が来て欲しいんだ

4/4 書き起こし

調子が良かった日。起きて、外に出たくてスーパーへ行ってクッキーを作った。

それからANEMONEを観て泣いた。コンビニへ行ってコーヒーが美味しかった。

何も特別なことは無かったが何もかもに満足していた。

私は今日、躁なのだと思った。思っていた。

だけど、もし、この楽しさが、私の本当の人生だったならどうだろう。

私は報われるのだろうか。私の30年は。

もし今日が本当なのであれば、躁でなく、私なのだとしたら、どんなに悲しいだろうと思ってしまった。

本来喜ぶべきであろうが、どうしても喜べない。

私の30年は明るいものではなかった。

そのせいで私は他人を傷つけもした。自分自身をも傷つけた。

負の感情なんて無駄にして良いはずなんだ。忘れるべきことも沢山ある。

そんなの、簡単なことじゃない。

私は何のために生まれてきたのだろう、苦しむための人生だった。

さあ今日から毎日がハッピーだと言われたら、私の過去はどうなってしまうの。

私は暗い過去が、共に歩んだ時間が長すぎるがゆえ、くっ付いて、取れてくれない。暗さが、不幸が。

これは私の罪か?私が、直面しなければならない問題は、親ではなく、幸せなのかも知れない。手放しで毎日幸せに生きていきたいよ、だけど毎日毎日、次の日になるといなくなってしまうんだよ、この幸福は。こんな気持ちになったのは初めてだ。

良いことだと良いなあと思う。私には善悪がよく分からない。

そりゃあ、毎日こんなに楽しかったら死にたいなんて思わないだろうよ、って思った。これが普通だと言うのなら。

何度だって辛いことは有った。死にたいと何度も思った。

だけど私は私の過去が思ったより大切らしい。

失うことが怖いのかも知れない。クソみたいな人生でも。

 

活力持て余し

今日は楽しかったんだ

好きなことしてパチンコ勝って大好きなマック食べてさ

こんなに楽しいこと滅多になくて沢山ツイートもしたんだけどなんか物足りないから日記でも書こうとコレを開いてみたんだけど私って本当に、鬱の時にしか日記を書いて来なかったんだ

だからサッパリ楽しかった日の日記の書き方がワカラナイ

 

諸君パチンコはいいよ

ただデジタルの抽選でしかない

銀の玉を操れる訳でもないし画面をハラハラしながら見守ることしか出来ない

パチンコの前に我々は無力だ

だけど他人に人生滅茶苦茶にされるよりもよっぽど希望があるよ

 

明日は精神科に薬を貰いに行く

あまりに鬱という病気が私の隣にいるので「最近どうですか」という問いに私はどうしても「良いですよ」と答えてしまう

本当は何が普通で何が良くて何が悪いのか分からない

たまに死にたくなるんですって言おうにもそんなの日常なんだよな

何より欲しいものは自信、自己肯定感

ただのパートでいいんだ

働きに出るくらいの自信が欲しい

だがこれは鬱病のカテゴリーで対処されるものなのだろうか

「自分でなんとか乗り越えてください」なんて言われたら泣いちゃうくらい悲しいけど無慈悲な回答なんていくらでも受けてきた人生だったもの

諦めが既に顔を出している

 

ただ間近の未来が楽しいものであればいいと思う

これからの人生、その短期的な喜劇の連続でアッサリ終わってしまえればそれ以上の望みはないかもしれない

 

文才へ

思い返すのはいつだろう

いつでも私は不幸だった

過去に囚われ、罵倒と嫌悪にまみれてそれらはイバラのように纏わり付き、毒が身体に回るのだ

いつだって自信がなく、やりたいこともなく、ただこのまま、何もないまま、少女のまま朽ちていきたかった

それでも生活に追われ、仕事を始めると文才が死んだ

よくある話で仕事先の人間と結婚をし、生き直すかのように子供のような感情が飛び出した

煙草をふかしていた少女はもう死んだのだ

死んだ少女に思いを馳せるのは未練なんだろうか

同じ身体、同じ脳のはずなのに、もう、何も思いつかないんだよ

2020.4.27 日記より

令和、コロナ、とんでもない時代。全世界ひきこもり時代。病気、治らない。

スロットするカスになった。もはや私はヒモ。レオン見ようとして四半も経たないうちに辛くなって見るのやめた。活字が読めない。少しの感動すら心がもたない。リスカしてない。そろそろ危うい。

酒、あまり飲めなくなったのも悲しい。吐きたくないんだもの、すぐ眠たくなるし。

断薬、いつになるか見当もつかない。でもいつになったってどうでもいい。たくさん飲んだって飲まなくたって人生に変化はないのだ。

それよりアホみたいにスロットやりたい。人生のように金を流したい。金も欲しいがあるだけ使いたい。終わりなんてきっとない。人生を大事と思えないのだから金なんて大事にできるわけがないだろう。

働いている時だけ私はキレイなお姉さん。今は仕事に行ったって何もやることなんてないけれど。

酒と薬とタバコ、何ヶ月ぶりかしら、この日記を開いたことも久しい。いつだってこれに手を付ける時私はこわれている。今こうやって文字をつらねているが何を書きたい訳もなし、手が動くままに空白をうめている。

一人のうちに狂ってしまわないと私に自由はない。うまく笑うこと、むずかしくなってきた。ストレスと言っていいのかしら、きっとたまってしまったんだと思う。気まぐれ、そう、暗い方の気まぐれで。

楽しいことなんてなくていい、そんなにのぞまない。時間を忘れたい。ただ時間が過ぎるのを待つ人生なのだから何をして過ごしたっていいだろ、甘えでも何とでも言え、泣く、怒る、それ以外のシゲキをください。もう文章なんて書けないから。

私は私の不幸しか書けないことが分ったから。もう。いい。

ひさしぶりに死にたい。

 

キャスター

昔と変わってしまった私を見て、昔の私がいなくなったことを悲しむ人に会いたいし、今の私を褒められたい

夫婦仲がいいね、いい夫婦だねって言われたいけどいい女だと見惚れられたい

 

結婚をしてからというもの、読者も日記も疎かになった

世界の全てを拒絶していた引きこもり時代唯一の支えになっていた文学よ、当たり前に共存できるって思っていたのだけれど

 

結婚する時の日記を読み返したら泣いてしまった

ずっと鬱だったのにようやく病院通いが決まってはじめて薬を飲んで、いちばんに寝込んでいた

助けてくれる人はいたのにどうしようもならなかった

寝てばかり泣いてばかり

死にたくて仕方がなかった

大体3年が過ぎて今はどうだろう

薬への頼り方を知っている

だけど将来が見えない

夢すら見られない

 

周りに迎合できるように語彙をまるごと変えた

まるで5歳児のように、下の名前を一人称にしたり

それでとても生きやすくなったよ

でもそれじゃ足りない

少女小説のような世界を持って文豪のおじいさんになりたかったのに

変わらないのは煙草だけだ